(前回の続きから)
 新福菜館でラーチャを食べてパワーアップしたつもりが、どーにもY氏の顔色がよくない。なんか貧血っぽいんだな、それが…。
 
 はいはい、判りましたよ。行けばいいんでしょ、行けば。
 おいらは一度も行ってないので、こんなついでにしか行けないから、お供しますよ。
 
 ここで、シカーリとテツ分補給して、今回の旅行乗り切ってくださいねぇ(^^
 
 んなわけで、京都から嵯峨野線に乗り、お隣の「丹波口」駅で降り、
 
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 この電車ね。221系って言ったけ?
 もう覚えていない。
 
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 そこからタクシーを乗り継いで到着!
 
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 今の車両には全く興味ないけど、古い昭和の車両には、興味がた~くさんあります。
 懐かしの車両がお出迎え。まずは湘南電車で名をはせたクハ86形が歓迎のご挨拶。
 
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 続いて巨大なC62が現れた。
 どテツなY氏は、SL大好き。おいらは、古すぎて、身近になかったんで、全く思い入れは無い。嫌いじゃないけど…。
 
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 0系新幹線。日本の高度発展の礎を作った功労者ぢゃなくて功労車両。
 
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 0系新幹線のグリーン車。
 座れないけど、懐かしかった。って、このGカーは乗ったことが無い。
 
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 これも懐かしいな。
 昭和30年代、動くホテルと呼ばれた20系ブルートレインの食堂車。
 これもあこがれだったけど、幼い時分にはとてもとても…。
 
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 山陰本線を走っていたDL(ディーゼル機関車)のDD54。
 当時の最先端を導入するも、初期不良や故障が相次ぎ、短い生涯を終えた悲劇のDL。
 これも走ってるのは見たことが無い。
 
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 初代「トワイライトエクスプレス」を牽引したEL(電気機関車)のEF81.
 これは何回か乗ったよ。B寝台の個室までは…。
 
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 同じくELのEF58型。
 旧型電機の中では、人気がありましたねぇ。ブルトレ牽引で大活躍。お召し専用機も2台ありました。これにけん引された客車は多数乗りました。
 
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 EF65。この形式の仲間は、まだ貨物専用機として使われてます。
 この形ではないけど、ブルトレ牽引機として大人気でしたね。
 
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 太鼓の叩く音に合わせて、竹田城をデザインしたDC(ディーゼルカー)がイベントで登場。周囲は人だかりでした
 
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 あの、初代トワイライトエクスプレスの先頭車。
 1両に3部屋しかない豪華な空間が広がっている車両。
 競争率が高くて乗れなかったな(/o) 
 
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 EF66なるマンモス電機。
 登場時は、貨物専用機だったけど、ブルトレも引くようになった。
 かっこいい電機でした。これが引いたブルトレは乗りました。
 どうなんだろう?最近まで貨物列車をけん引してたんだけどなぁ。
 
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 むかしの改札から待合室を再現したもの。
 
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 こちらは、事務室でしょうか。
 
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 これも懐かしい新幹線の車両。
 100系新幹線。この頃がバブリー真っ盛り。
 二階建て車両を連結し、食堂車やグリーンの個室などをそなえていたね。
 0系よりもシャープで速さを感じるデザインがステキ。
 
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 俗にいう「はつかり形」DC(ディーゼルカー)特急のキハ81形。
 電化区間の「こだま形」特急に対抗し、非電化区間の雄として登場。しかし、初期故障が多発して物議をかもした車両。
 
 晩年は、紀勢本線で「くろしお」として活躍。
 何とも言えない風貌に憧れて、高校時代に、天王寺~和歌山間を乗りに行ったよ。
 力が無く、遅くてね。何とも必死で唸りを上げて走る姿が何とも痛々しかった記憶があります。
 
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 この厳(いか)つい風貌から、ブルドッグと呼ばれてた…。
 何とも言えない不格好さとどん臭さが好きだわ~。
 
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 こだま型151系特急車両。
 これ自体は古くて乗ったことないけど、改造した車両が特急あずさで使っていたので、親近感が湧く車両です。
 おいらの心の中で特急って言ったら、この車両。
 
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 500系のぞみ、581系特急、489系特急が、出迎えてくれました。
 
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 500系新幹線。
 歴代新幹線の中で一番人気がこれでしょう。まるで戦闘機を思わせるシャープなボディがかっこいい!
 これもなんかか乗った!居住空間はイマイチだったけど、早かった!
 
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 見る角度によって別物に見えるところが面白い。
 現在、ハローキティのピンクを身にまとい、大阪以西で活躍中。
 
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 いわゆる月光型と呼ばれる581・583系特急。
 昼間はボックスシート、夜は3段ベッドに早変わりの昼夜兼用車両。もちろん世界初。
 
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 昼に夜に主要幹線をくまなく走った働き者。晩年は、急行に格下げされたり、普通列車に改造、イベント列車で活躍など、生涯を終えるまで働き者でした。
 
 おいらは、急行きたぐに、急行津軽などに乗ったり、ムーンライト仙台、ムーンライト蔵王などの臨時快速、北陸線の普通列車にと、それはよく乗り歩きました。
 
 特急時代に乗れなかった反動かな。
 秋田に1編成残ってましたが、廃車されちゃいました(/_;)
 
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 489系という特急車両。
 北陸本線と信越本線を中心に運用されていました。
 やはり活躍の中心は、「特急 白山」。急勾配で自力走行できない軽井沢~横川間に電気機関車をくっつけて上り下りするための協調運転装置が搭載されてました。
 
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 中坊から高坊の頃、長野県を通る唯一の交直流特急でね、何度も撮影に出掛けました。
 そう言った意味では、これも高嶺の花ならぬ憧れのスターでしたね。
 
 白山としても多数乗りましたし、晩年は「急行能登」としても活躍。これも何度か乗りました。
 
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 世界初の昼夜兼用特急に敬礼!
 
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 戦前、戦中、そして戦後間もない頃に製造された電気機関車は、みんなこんなデッキが標準装備されてました
 
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 489系を上から。
 あの通称:きのこ型クーラーが懐かしい。
 この「クハ489-1」車両自体に、何度か乗ってます。
 う~ん懐かしい。今の自宅の横を走ってたし…。
 

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 581系も俯瞰(ふかん)写真してみました。
 3段ベッドとするため、車高が高いのが特徴。
 
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 またまた当時の駅舎の再現。
 いい時代だったな。何もかもがのんびりしていて、人に温かみがあった…。
 
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 旧梅小路機関区です。

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 静態及び動態SL(蒸気機関車)が多数保存されてます。
 
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 本物のSLの試乗もできます。
 
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 最後に製造された50系普通客車。
 レッドトレインと呼ばれ、地方のローカル線で活躍。
 津軽海峡トンネル内でも、快速海峡として活躍。
 
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 いわゆる急行型の座席。
 
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 ここに眠ってるやつらは、たぶん静態保存。
 
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 きっと天皇様を乗せたお召し列車を牽引したんでしょうね。
 
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 出口は、旧二条駅舎から。
 
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◆施設の概要◆
      名:京都鉄道博物館
      地:京都市下京区観喜寺町
  電 話 番 号:0570(080)462
  営 業 時 間:10:0017:30
      料:一般1,200円、大学生・高校生1,000中学生・小学生500幼児(3歳以上)200
      日:水曜日、年末年始
 
 
 
まともに見学すれば、きっと1日近くかかるんだろうね。
 
 テツ様はもっと居たかったと思うけど、逆においらが、鉄分大量摂取により血の気が多くなっては困るので、ここら辺でお開きにした。
 
 新しい車両には全く興味が湧かないけど、古き時代の車両は、自分も鉄道ファン(あの頃は「テツ」などという言葉は無かった。)だった時代と合致するので、やっぱり見ていて楽しかったし、懐かしくもあったよ。
 ありがとう。どテツなY氏。
 
 さっ、バスで京都駅に向かい、その足で新大阪まで行って昼飯にしましょう。
 
 おっ、Y氏の顔色に赤みが増した。
 うん、テツ分チャージ完了(続く)。