おはようございます。酔待草子です。

 昨日、午前2時頃、孫第三子(♂)がこの世に生を受けました。体重は、3,240g(税込)。

 午後、ラメーンを食べに行って、その足で初対面してきました。
 
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 記念写真をパシャリ。

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 そして、今夜から土日を除いて2週間、孫を預かる。
 おいらは、毎日飲み会だからほとんど会わないだろうな。

 こんなところから始まった。

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 かねふくの「明太いわし」。

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 2日前から仕込んだ「牛すじの煮込み」。
 酔待童子家の名物。
 いつもは牛すじ2kg使用するのだが、食べきれないので、1kgで作った。

 下処理でいかに脂を落とすかが、美味しく仕上がるコツ。
 何度も茹でて、湯洗いをして、脂分を抜きます。

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 酔待童子ファームの椎茸をバター焼きにした。

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 トロホロに煮込んであります。
 味噌仕立てです。信州味噌と西京味噌と八丁味噌(あかだし)の3種を使用します。あとローレルやにんにく、しょうがなどを入れてコクと深みを出します。

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 いわしの腹の部分に明太子を詰め込んだのが、明太いわし。
 いわしのサイズはほぼMax。

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 2杯目は思いっ切り七味をかけて。
 味がおかしくなっちゃうって?いえいえ、この七味、吉野家のあの辛くない七味ですから大丈夫ですよ。

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(前回の続きから)
 一ノ関駅に降り立ったわれら酔待童子ご一行様。
 
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 このバスに乗って向かいます。
 片道360円でした。
 
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 バスを降りると、武蔵坊辨慶(むさしぼうべんけい)の墓が見えます。
 源義経(みなもとよしつね)を警護しつつ、この地で果てたそうです。
 
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 さっ、ここから境内となります。
 
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◆巡礼先データ◆
 シリーズ名:一般参拝
 寺    名:関山 中尊寺
 宗   派:天台宗
 開   基:(伝)円仁(慈覚大師)
 御 本 尊:釈迦如来像
 創   建:(伝)嘉祥3年(850年)
 
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◆寺の由来◆
 中尊寺は、平泉町にある天台宗の東北大本山の寺院。寺伝では、開山は円仁(慈覚大師)といわれているが、実質的な開基は藤原清衡(ふじわらきよひら)。奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名であり、平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂をはじめ、多くの文化財を有する。境内は「中尊寺境内」として国の特別史跡に指定されている。
 
 山号は「関山(かんざん)」、寺号を「中尊寺(ちゅうそんじ)」といいます。
 
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 月見坂を登っていきます。
 入口から丘陵を登るように本堂・金色堂へと進む参道は「月見坂」と呼ばれてます。
 
ちょっと急な部分もありますが、散策するにはちょうど良い道のりです。
 
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 ちょっと風情のある坂でしょ。
 
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 まずは「辨慶(べんけい)堂」が現れます。
 義経と辨慶の木造が安置されてます。
 
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 辨慶堂の横の高台から臨みました。
 
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 地蔵堂です。なんとも渋いっすな(^^
 
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 どうやら「薬師堂」と言うらしい。
 どれもこれもいいわぁ。
 
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 ここはね、名前忘れたけど、甘味処でした。
 
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 ここは「観音堂」いうところですわ。
 中尊寺の境内図にも載ってない…。
 
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坂をほぼ登り切ったあたりに本堂が現れます。
ここは山門ね。

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中尊寺は天台宗。そしてご本尊は釈迦如来です。
 
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 境内にある鐘楼。
 
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参道である月見坂を登った右手の中尊寺本坊内にある本堂。1909年(明治42年)の建築。2013年3月24日、新本尊の丈六釈迦如来坐像の開眼法要が行われたとのこと。
 
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 これは、庫裏(くり)でしょうかね。
 
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 あまりに綺麗なので撮ってしまった「峯薬師堂」。
 
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 9月だっていうのに、緑が際立ってるでしょう?
 実は、小雨日和だった。
 
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 不動堂という寺院です。
 
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 大日堂。
 大日如来を祀ってます。
 因みに我が家でも「不動明王」に、朝夕、水やお酒を備えて祀ってますが、実は不動明王は大日如来の化身。密教のトップの大日如来が「このままの穏やかな姿では話しにならーん!!」と一筋縄ではいかない衆生を教化するために怒気を含む姿に変身したもの。
 
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 梵鐘。
薬師堂から不動堂・大日堂と進むと、康永二年(1343)建立の梵鐘が現れます。現在は使われていないそうです。
 
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 阿弥陀堂。
 
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 讃衡蔵(さんこうぞう)
中尊寺ほか山内寺院の文化財を収蔵・展示する施設。
現在の建物は開山1150年の2000に新築されたもの。もと本坊本尊の木造阿弥陀如来坐像(重文、中尊寺蔵)、峰の薬師堂にあった木造薬師如来坐像(重文、願成就院蔵)、閼伽堂にあった木造薬師如来坐像(重文、金色院蔵)の3体の巨像をはじめ、多くの文化財を収蔵展示している。
ここと金色堂は有料拝観(800円)となります。
 
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いよいよ金色堂(国宝)です。
藤原清衡が建立した阿弥陀堂で、天治元年(1124年)の上棟。建物の内外を総金箔張りとすることからこの名が。現在は鉄筋コンクリート造の覆堂内にあります。
 
堂は建立当初は屋外に建っていたが、建立の数十年後には建物を風雨から守るための「霧よけ」のような施設が造られ、やがて正応元年(1288)鎌倉将軍惟康親王の命令で金色堂を外側からすっぽり包む形で覆堂が建設された。現在の金色堂覆堂は1965に建設された鉄筋コンクリート造のもので、金色堂はこの覆堂内のガラスケースに収められ、温度・湿度が調整されている。
 
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金色堂は、平面の1辺が5.5メートルの小型の仏堂。堂は、1965年建設の鉄筋コンクリート造覆堂内にあり、ガラスケースに納められて外気と遮断されている。
金色堂は奥州藤原氏の初代藤原清衡により建立。天治元年(1124)が建立年とされている。
 
堂は内外共に総金箔貼りで、扉、壁、軒から縁や床面に至るまで漆塗りの上に金箔を貼って仕上げられているが、木瓦部分のみは解体修理時に金箔の痕跡が確認できなかったため、金箔貼りとしていない。
 
 当然のことですが、堂内は撮影禁止なので、パンフレットを複写しました。
 ライトアップすると、金色に輝きます。
 
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金色堂の須弥壇内には、藤原清衡、基衡、秀衡のミイラ化した遺体と泰衡の首級が納められている。
素晴らしい仏像の数々。
 
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 経蔵(重文)です。
 金色堂の近くにある。国宝の一切経を納めていた建物で、一部平安時代の古材が使用されているが、建築年代は鎌倉末期と推定されている。
内部にはかつて国宝の螺鈿八角須弥壇が置かれ、壇上には獅子に乗った文殊菩薩像と従者4体からなる文殊五尊像(重文)を安置していた(現在は須弥壇、文殊五尊像ともに讃衡蔵へ移動)

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松尾芭蕉の句碑。
「五月雨の 降残してや 光堂」で有名な句。

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関山天満宮。
鎌倉時代に、京都の北野天満宮から勧請して授けた天満大自在天神の御真影と観世音菩薩を祀っている。
 
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旧覆堂。
1962、金色堂の解体修理工事が始まるまでの約500年間、金色堂を風雨から守ってきた堂で、1964年に100メートルほど北西の現在地に移築された。建築年代は室町時代中頃と推定。

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大長寿院。
これまた風情のある門構えだね。

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もう、京都の古刹チック満載。

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白山神社です。
中尊寺の一番奥に白山神社があります。嘉祥三年(850)中尊寺の開祖である慈覚大師が勧請したものだと由緒にありました。
 嘉永年(1853)に仙台藩によって再建。近世の能舞台遺構としては東日本唯一のものとされ、日本の芸能史上貴重な遺構として、2003に重要文化財に指定されている。
 
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弁財天。

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一通り見終わりましたね。これだけで1時間以上費やします。
また、訪ねてもいいな。
 
さて、小腹が空いたので、辨慶堂近くにあった茶店で「辨慶餅(べんけいもち)をいただきましょう。お茶くらい出してくれたっていいのにね。
 
お隣さん語の女性が対応してました。

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さっ、もと来た道をバスで帰りましょって、いいバスが無いじゃん。
これじゃ、予定の新幹線に乗れないよ~(/_;)
 
仕方なく、タクシーチャーター。3,000円弱の出費也(続く)。
 
◆参拝データ◆
住  所:西磐井郡平泉町平泉衣関202
交  通:タクシー、バス、徒歩等
駐 車 場:有無(円)
拝 観 料:金色堂・讃衡蔵共通で800
拝観時間:(4/111/108:0017:00、(11/113/318:3016:30
電話番号:0191(46)2211