(前回の続きから)
  ぬいどう食堂で丼とラメーンを鱈腹(たらふく)食べた宵待草子トリオ。
  何度も行ってるけど、ここは外せないでしょうということで、本州最北端の大間崎と恐山へ行ってみることに…。
 
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  気温が急上昇し出して、海面から霧が発生。
  素敵な光景が見られた(^^
 
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  ゲゲゲの鬼太郎が大好きな我らご一行、「こんな日は舟幽霊が出るんだよね」なんて、緊張感のかけらもないような会話に、ちょっと非日常を感じた(^-^;
 
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  余りにも殺伐とした日常を送ってると、それがごく普通に感じてしまう。
  それを紛らわすために酒を飲む日々。
  おかげで、この年になっても、いろんな男女が誘ってくれる。有り難いことだ。
 
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  景色のいいところでは車を止めてパチる。
 
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  長女、しばらく見ないうちに…太った。
  曰く「明日を最後に徹底的にダイエットやる」。
  彼女も、おいらと同じで意思が強いので、成功するだろう。
 
  でも、「旅行から帰ったら、一区切りとして、焼肉焼いて、カップ焼きそばの一番美味しいのを腹いっぱい食べる」だってさ(^^
 
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  そーゆーおいらは、毎日、飲み会。
  なるべく食べず。昼に麺類で炭水化物を取るだけにしてるんで、徐々に落ちてきている。
 
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  灯台がちょっぴりアクセントに…。
 
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  大間のいつも買う店に立ち寄った。
  おうおうおう、蛸干しあるじゃん(^^
  1本500円のを3本買った。「どれでも好きなの取っていいよ」…。
 
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  焼き螺(つぶ)をいただく。
  表面が香ばしく、中はしっとりジワ~。
 
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  さっ、いつもの恐山へ向かいましょうかねぇ。
 
◆巡礼先データ◆
 シリーズ名:一般参拝
 寺    名:恐山 菩提寺
 宗   派:曹洞宗
 開   基:円仁(慈覚大師)
 御 本 尊:延命地蔵菩薩
 創   建:貞観4年(862年)
 
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◆寺の由来◆
 貞観4年(西暦862年)、平安時代の天台宗の高僧、慈覚大師円仁が、一羽の鵜に導かれてこの地にいたり、地蔵尊を祀ったのが始まりと伝えられ、三大霊場の一つに数えられています。
山門をくぐり40余りの常夜灯が並ぶ参道を行くと本尊安置地蔵堂があり、ここが死者の魂が集まるところと伝えられ、イタコの口寄せで知られる恐山菩提寺の境内となってます。
参道の右に宿坊、左には本殿、恐山温泉と呼ばれる湯小屋が点在しています。
境内の宇曽利山湖寄りは、賽の河原、極楽浜と呼ばれ、至るところに噴気現象や温泉の湧出が見られ、一面に白茶けた荒涼とした風景が広がっていて、所々に見られる小石を積んだ山や卒塔婆は、死者への深い鎮魂の気持ちが感じられます。

  まずは、避けて通れない
  入り口には、「奪衣婆(ダツエバ)と懸衣翁(ケンエオウ)」が待ち伏せしてます。
 恐山の入り口へと向かう途中、入り口の数百メートル手前にまずは、三途の川が現れます。そしてその手前に待ち構えているのがこの二人の像です。
 三途の川の門番と言えるでしょう。
 
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 脱衣婆…、三途川(葬頭河)の渡し賃である六文銭を持たずにやってきた亡者の衣服を剥ぎ取る老婆の鬼
 
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懸衣翁…、奪衣婆が亡者から剥ぎ取った衣類を衣領樹の枝にかけ、その枝の垂れ具合で亡者の生前の罪の重さを計る鬼。
 
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 三途の川。死者はこの橋を渡って閻魔大王(えんまだいおう)の居る地獄に向かい、生前の罪の裁きを受けます。
 
  前回は渡れたのに、今回は、立ち入り禁止になってました。
  なんかあったのかなぁ?
 
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地獄よりも恐い「マムシ」も居るみたいです。
 う~ん、相変わらず脅かしてくれるぜ!
 
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「恐山」。実はこれは「山号(さんごう)」。この寺、正確には「恐山 菩提寺」といいます。慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)が、約1,200年前に開かれた霊場で、日本三大霊場の一つです。
 
 寺への入り口には、でっけぇお地蔵さまが。「六大地蔵」と言うそうです。
 
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拝観料を支払って、総門より境内へ入ります。
 
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山門を潜ると…。
 
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ここは「本堂(供養の道場)」。アタシ的には、二番目に怖い場所です。
 個人の遺物や若くして亡くなった方の死後結婚(相手はお人形)の相手などが飾ってあり、悲しみのパワーが凄いです。
 
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  これは「寺務所」。風情がありますなぁ。
 
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 さて、「恐山」って言うと、「イタコ」。死者の口写しをする人。
 恐山には、イタコは常駐してません。年二回の大祭の時だけ恐山にやってきて口寄せを行いますが、下北にはイタコはいないそうです。
 
 津軽や八戸からわざわざやってくるのだそうですが、老齢のため活動している人は、2~3人しかいないと聞きました。←ガイドを頼んだ団体さんの後ろを付いていって情報入手。
 
 でも、この日は、「イタコ」が来ていて、ちょうど依頼人が入っていかれました。
 
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お地蔵様が優しく迎えてくれます。
 
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 正面は、ご本尊様安置の地蔵殿です。
 
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 境内には、男女別の湯殿があります。
 男湯(薬師の湯)、覗いてみたら、入っている方がおられました。
 
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 塔婆堂。大量の角塔婆が林立しています。
 いよいよ、俗世とはお別れ的気分。
 いかにも死者供養の霊場、といった雰囲気。
 
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女風呂(古滝の湯)です。
ここも、出るそうです。
 
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 「無間地獄」へと登っていきます。
 まるで、あの世への旅立ちの様な気分に襲われます。
 
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 あたり一面を硫黄臭が立ち込めています。
 
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 至る所に積み石、お地蔵様、風車が祀られてます。
 「無間地獄」…舌を抜き出されて100本の釘を打たれ、毒や火を吐く虫や大蛇に責めさいなまれ、熱鉄の山を上り下りさせられる。
 
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 「慈覚大師堂」が見えてきました。
 
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 ご本尊様は。まるでミイラ状態…。
亡き人が無事にあの世へ旅立てるよう、お供えした草履です。
 
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 宇曽利(うそり)湖を望む。
 
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 アタシにとって最恐の場所「八角円堂」はパスです。
 故人の持ち物などが奉納されてます。
 悲しみのパワーがマックス!
 取り立てて霊感が強いわけではありませんが、近づけませんわ。
 
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水子供養ご本尊が見えました。
 
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 賽の河原へと進みましょう。
 いつの間にか「震災慰霊塔」なるものが建立されていた。
 
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 まるで浜辺みたいだね。
 
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賽の河原。
至る所にお地蔵様や風車が祀ってあります。
子供たちは石を積み上げ、地獄の鬼がそれを壊すといわれる、あの賽の河原です。
 
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荒涼とした地帯にポツンと無縁仏が…。
 
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金掘地獄。どういう意味なんでしょう?
恐山には金の鉱脈があるとのこと。それを勝手に掘っていく状況に怒った方がこの地獄を作ったとか。

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重罪地獄。皆さんが落ちないように、真剣に拝んでおいた。
 
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どうや地獄。意味が解りませんわ。

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この地獄は、危険地帯とされています。ここが修羅王地獄。
 

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地獄の終わりに近づくと、小高い丘に延命地蔵尊が立っておられます。
 
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 「恐山」。いつ行っても、怖さは感じない。特定の場所では、「悲しみのパワー」が凄まじいけど、ホント「澄んだ気配」です。爽やかです。
 アタシ的には、霊も穏やかなんじゃないかと思います。
 
 しかし、心霊現象は後を絶たないようです。
 特に冬季。閉山し、ひと冬、越す人がいるそうですが、霊現象は珍しくないそうですし、逃げ出した人をはじめ、2年続けて務められる人はいないとの話もあります…。合掌
 
 さて、下山した後は精進(しょうじん)落としでょ(続く)
 
◆参拝データ◆
 住  所:むつ市田名部字宇曽利山3-2
 交  通:下北駅からバス45分、タクシー25