前回の続きから)

  今頃、相島(あいのしま)でニャンコと戯れているハズが、この雨のお陰で、止む無く行先変更。

  ニャンコ詣でから神様詣でとなりました。

  太宰府天満宮の参道の途中のCP(コインパーキング)に車を預け、西鉄太宰府駅を横目に見て、天満宮へと向かいます。

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 因みおいらは、かなり強い晴れ男なんですがね。

  相棒の宵待草子♀が、これまた強烈な雨女。

  んでも、奇跡的な晴れも含めて、最終的にはおいらが勝ち越しているので、あまり心配してないんだけど、この雨には参った…。

  とにかく脇目も振れずに向かうつもりが、躓(つまず)いた…。

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  「かさの家」なるお菓子屋に行列が出来てたので覗いてみる。

太宰府名物「梅ヶ枝餅(うめがえもち)」の老舗でした。

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 早速、2個購入。

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 もち米とうるち米をブレンドした生地に上品な甘みの粒あんを包み、香ばしく焼いたお餅です。

 イメージ的には、焼最中(やきもなか)って感じでした。

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  さぁ、いよいよ太宰府天満宮に入内(にゅうだい)します。

  太宰府天満宮は、福岡県太宰府市宰府(さいふ)にある神社で、旧社格は官幣中社。

 現在は、神社本庁の別表神社となってます。

神紋は梅紋で、菅原道真(菅原道真公、菅公)を祭神として祀る天満宮の一つ(天神様のお膝元)。

初詣の際には九州はもとより日本全国から毎年200万人以上、年間にすると850万人以上の参詣者があります。

現在、京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、また菅公の霊廟として篤く信仰されている神社です。

◆巡礼先データ◆

 シリーズ名:一般参拝

 寺    名:太宰府天満宮

 主 祭 神:菅原道真

 社   格:旧官幣中社、別表神社

 創   建:延喜19年(919年)

 本殿の様式:五間社流造檜皮葺

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◆寺の由来◆

 右大臣であった菅原道真は昌泰4年(901年)に左大臣藤原時平らの謀議によって筑前国の太宰府に員外帥として左遷され、翌々年の延喜3年(903年)に同地で死去。

 その死後、道真の遺骸を安楽寺に葬ろうとすると葬送の牛車が同寺の門前で動かなくなったため、これはそこに留まりたいのだという道真の遺志によるものと考え、延喜5年8月、同寺の境内に味酒安行(うまさけのやすゆき)が廟を建立、天原山庿院安楽寺と号した。

 一方、都では疫病や異常気象など不吉な事が続き、さらに6年後の延喜9年(909年)には藤原時平が39歳の壮年で死去した。これらのできごとを「道真の祟り」と恐れてその御霊を鎮めるために、醍醐天皇の勅を奉じた左大臣藤原仲平が大宰府に下向、道真の墓所の上に社殿を造営し、延喜19年(919年)に竣工したが、これが安楽寺天満宮の創祀。

 それでも「道真の祟り」は収まらず、延喜23年(923年)には皇太子保明親王が21歳で死去。狼狽した朝廷は、延長と改元したうえで、4月に道真の官位を生前の右大臣の官職に復し、正二位の位階を追贈した。

 しかしそれでも「祟り」が沈静化することはなく、保明の遺児慶頼王が代わって皇太子となったものの、延長3年(925年)には慶頼もわずか5歳で死去した。

 そしてついに延長8年(930年)6月、醍醐天皇臨席のもとで会議が開かれていた、まさにその瞬間、貴族が居ならぶ清涼殿に落雷があり、死傷者が出る事態となった(清涼殿落雷事件)。天皇は助かったが、このときの精神的な衝撃がもとで床に伏せ、9月には皇太子寛明親王(朱雀天皇)に譲位し、直後に死去するに至った。

 承平元年(931年)には道真を側近中の側近として登用しながら、醍醐と時平に機先を制せられその失脚を防げなかった宇多法皇も死去している。わずか30年ほどの間に道真「謀反」にかかわったとされた天皇1人・皇太子2人・右大臣1名以下の高級貴族が死亡したことになる。

 猛威を振るう「怨霊」は鎮まらず、道真には太政大臣追贈などの慰撫の措置が行われ、道真への御霊信仰は頂点に達した。

 ついに正暦元年(990年)頃からは本来は天皇・皇族をまつる神社の社号である「天満宮」も併用されるに至った。寛和2年(986年)、道真の曾孫菅原輔正によって鬼すべ神事が始められるようになった。

 寛弘元年(1004年)、一条天皇が初めて北野天満宮へ行幸されて、太宰府へも勅使をつかわせて以来、士庶の崇敬を広く集め、とくに承徳元年(1097年)、大江匡房が太宰権帥に任ぜられてからは神幸祭など、祭祀が厳かになったという。

 本殿が再建されたのは、時代が変わって安土桃山時代の天正19年(1594年)、小早川隆景によるものである。

その後、道真の御霊に対する恐れも少なくなってきた中世ごろから、道真が生前優れた学者であったことにより学問の神としても信仰されるようになった。

 祭神の菅原道真が「学問の神様」であると同時に「文化の神様」としても信仰されていたため、それぞれの時代の人々による和歌・連歌・歌舞伎・書画の奉納を通じて、文芸・芸能・芸術、いわゆるアートと関係が深まって現代に至っている。

 

  この神社は、上記歴史にある通り、菅原道真の怨霊との戦いで築き上げたような感じですね。

  まずは鳥居を潜って…。

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 右へ進むと「光明禅寺」があります。

  一般的に苔寺の名で親しまれているように、苔で陸を、白砂で大海を表現した庭と、石を配して「光」の字を書いた石庭、そして紅葉とシャクナゲの美しいお寺。

天神様と禅宗の教えが結びついた渡宋(唐)天神の伝承により、鎌倉時代に創建されたと伝えられています。

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 ご存知、「東風吹かば」の歌碑がありました。

 「東風(こち)ふかば  匂ひおこせよ梅の花  主なしとて春な忘れそ」

(東風と共に春が訪れたら、香しい匂いの花を咲かせておくれ、梅の木よ。私が都から遠く離れた大宰府に行ったからといって、春の訪れを忘れてはならないよ。)

道真が都を去る日、住まいのあった紅梅殿の梅に想いを込めて詠んだと言われる和歌を記した歌碑で、福岡県出身の書家、助弘桂雪筆によるもの。

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 「延寿王院(えんじゅおういん)」(非公開)

  太宰府天満宮が、安楽寺天満宮と呼ばれていた頃の宿坊。

  現在は、太宰日天満宮の宮司「西高辻」家の邸宅になっている。

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  灯篭の笠にまで苔生して、歴史の深さを感じさせます。

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  「心字池」を見渡します

 池が漢字の「心」の字に形造られていることから「心字池」と呼ばれる。

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  「太鼓橋」。

心字池に架かる御神橋は、太鼓橋・平橋・太鼓橋の三橋からなり、それぞれ過去・現在・未来を表しているそうです。

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 「今王社」。

謂れ等は不明ですが、なんらかの障りがあって本殿での参拝ができない時に,代わりに拝するための末社だということです。

本社の遥拝所ってところでしょうか。。

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「志賀社」

 「海の神様」である綿津見(わたつみ)三神が祀られてます。

室町時代の長禄2年(1458)に再建されたと伝わり、和風・唐風・天竺風の様式が合わさった精巧なつくりで、国の重要文化財に指定されています。

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  いよいよ本殿へと向かうところですが、ちょいと寄り道を…。

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 「社務所」。

  平日、春休みということもあり、若い人でごった返してます。

  どうやら合格祈願とか、合格御礼参りでしょうか。

  境内、若者ばかりです。

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 「絵馬堂」。

 文化10(1813)に建立され、九州に現存する単体の「絵馬堂」としては最大最古のもの。

さまざまな時代の想いやお願いごとが込められた絵馬が奉納されてます。

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 「手水舎」。

  コロナ禍故に、お清めはできませんでした。

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 「麒麟像」。

 麒麟は空想上の聖獣で、徳をもって世を治める王者の象徴とされています。

善政や誠心を貫かれた道真の生涯と重ね合わせられ、嘉永5年(1852)に奉納されました。

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「楼門」。

 いよいよ本殿へと進みます。

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  正面から撮ってみました。

  なんか荘厳ですね(^^

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 「本殿」。

 道真の墓所に延喜5年(905)8月19日、門弟の味酒安行(うまさけやすゆき)が祠廟(しびょう)を建て、同19(919)、左大臣 藤原仲平が醍醐天皇の勅令を受けて御社殿を造営。

その後、兵火などにより数度焼失しましたが、筑前国主 小早川隆景が5ヶ年かけて造営し、天正19(1591)に竣工したのが現在の本殿。

五間社流造(ごけんしゃながれづくり)で檜皮葺の屋根を備え、築400年以上を経過した現在でも桃山時代の豪壮華麗な様式を見事に伝えています。国の重要文化財に指定。

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  仲間、恋人、親子…。

  それぞれのスタイルで参拝してます。

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  うん、これで、この旅でひとつイイ事した(^^

◆参拝データ◆

 住  所:太宰府市宰府4-7-1

 交  通:(鉄道)西鉄太宰府駅、

 駐 車 場:有無(円)

 拝 観 料:無料

 拝観時間:開門(春分の日~秋分の日)6:00、(上記以外)6:30

            閉門(4、5、9、1011月)19:00(6~8月)19:30、(12~3月)18:30

 納経時間:

 電話番号:092(922)8225

 ウェブサイト:https://www.dazaifutenmangu.or.jp/

 

  雨に祟られ、急遽、太宰府天満宮へと足を運んだわけですが、来て良かったです。

  もともと神社仏閣巡りが趣味なので(^^

  さっ、いよいよ、本日の寝床へと向かいます。

  身も清めたことだし、今夜は、どっぷりと世俗の垢に塗れようっと(^^♪(続く)。

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